2011/08/13

arhat अर्हत् #3















私はオーディションに向かっていた。

新しいタイプのオーディションだった。
選考された人には
オーディションの日時と場所が
メールで連絡されていたが、
指定されたその場所はどこかのビルの一室ではなく、
どこにでもあるようなありふれた
交差点だった。

その交差点に着いたら
携帯電話で記された番号に
コールすることになっている。

指定された場所へ向かう途中、
私は驚くほど色々なことを考え想い浮かべていた。
それはまるでスローモーションの中で
引き延された一秒に
凝縮されたたくさんの場面を見るようだった。

一歩一歩
色々な場面が物語のように
頭をかすめて行く。

遠くに指定された交差点が見えた。
今時、交差点で携帯電話で話している人など
数えきれないほどだ。
どれほどの人が同じオーディションを受けるために
そこにいるのかなどまったく判別できない。

交差点のガードレールに足を絡め腰掛ける。
私は指定の番号へコールした。
愛想のないアナウンスが聞こえてくる。
それと同時に
まるで目の前で見ているかのように
私とはまったく関係のない別の誰かの物語が
脳味噌に映し出された。

カラオケで自分のリクエストした曲の歌詞を追いながら
その背景のプロモーションビデオに
見入ってしまうような感覚だ。

オーディションには課題曲があった。
それがオーディションを受ける全員に対して
共通だったのかどうか定かではない。
もしかしたら人によって違ったのかもしれない。


私に与えられた課題曲は
「おはようおやすみ日曜日」だった。


携帯電話に課題曲が流れる。
私は雑踏の中、
まるで誰かに訴えかけるかのように
歌い始めた。

脳味噌には相変わらず
プロモーションビデオのような
私とは無関係な物語が映し出され、
その映像に重なるように
私の心の物語も同時に進行している。


いつの間にか
涙が溢れてきた。
嗚咽をこらえながら
私は携帯電話で歌っている。

脳みそに描かれたいくつかの物語。
私の知らぬ意識の物語と
私自身の意識の物語。
そして
「おはようおやすみ日曜日」




君が眠れないそんな夜は
故郷の話を聴かせてあげよう
あの高速道路の影に
朝陽が昇るまでに
君を遠い田舎の街まで
連れて行ってあげよう


私に何が言えよう
これまでにも
届けようとしたじゃないか
でも届けようとしたことが
伝わることなんてなかったじゃないか
感情を込めて
想いを込めて
語気を強めるほど
私を心の外に追いやって
紛らわしていたじゃないか


故郷の言葉を喋りたい夜は
なぜか星空も近くに見えてる
ああ、こんな東京にも
まだ奇麗な星空が
残っていると人々は
知っているのだろうか


いつもいつも
君らがしていることは
都合良く時間と空間を
切り抜こうとしていることじゃないのか
まみれもせず
描こうとすることのみを
切り抜こうとしていたじゃないか
安易に貫こうとしてたじゃないか


明け始める頃に
腕枕とけて
君の寝息ならいくら聞いてもいい
ああ、どんなに抱きしめても
まだ愛し足りない
思わず口づけてしまう
細い肩のあたりに


何をも預けもしないで
美味しいところだけを受け入れ
己を貫こうなんて
冷静になって考えてごらんよ
無理があるだろうよ


おはよう
おやすみ
日曜日
心行くまで眠ろう
都会がうるさすぎるのは
誰のせいでもないさ


さっさと気付いた方がいい
もしこの先もこれまで以上に
それの奥深くを覗き
それの奥深くを体験したいなら
想うままに時間を空間を
切り抜けないことを
グシャグシャになるまで
まみれなければならぬことを


おはよう
おやすみ
日曜日
心行くまで眠ろう
都会がうるさすぎるのは
誰のせいでもないさ




信号が青になり
人々が流れ出す。

一人の男が
私の横をすり抜ける時
突然、お辞儀した。




そんな夢を見た。













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