2011/07/23

夏の地球 #3















私は国から国を移動する際、極度の緊張に包まれる。
それでも昔に比べてずいぶんと楽にコントロールできるようになった。
今となってはその緊張なしでは移動する意味さえないと想えるほどだ。
綱渡りの緊張を私に教え込んだ男がいた。
緊張の中でピリピリと自分自身に向き合うことが、慣れに埋没することなく
生き続けることであるとあの男はいつも話していた。
緊張から完全に解放されるには私の場合、2日間を要するのが常だった。
呑込んだものがすべて出てしまうまで私は決して外出はしない。
一度で数が合う場合もあればそうでない場合もある。
なかなか出てこない時は何かが心に引っ掛かってる時だ、そんな時ほど油断は禁物だ、
あの男はそうも教えてくれた。

男の名は銀次。カトマンドゥ、フリークストリートで自殺遊戯を繰り返していた私を
救ってくれた命の恩人だ。銀次は私の心と体に同時に入り込んで来た。
銀次は私の手首にある無数の傷跡を掴みながら私をレイプするかのように弄んだ。
その時、私は銀次に強烈な殺意を抱いた。銀次は私に他人への殺意を抱かせることで
私が自分自身に対して持ち続けた執拗な殺意を抹消したのだ。
憑物が落ちる時は新たな何かが憑依する時なのだろう。私はフリークストリートで
銀次と出会って以来、7年間を銀次と共に暮らした。その7年間で日本に帰国したのは
たった2回だけだ。インド、ドイツ、アメリカを拠点に世界中を飛び回っていた。
どう考えても不可能にしか想えないことを金とコネクションを用いてものの見事に
銀次はやってのけた。その代わりに付いて回ったのが危険であり極度の緊張だった。

日本に限らずどこの国に到着してもそれが緊張を抱えた到着である場合、
私は完全に緊張から解放されるための確認を怠らず、その確認の後にはこれまで
胸騒ぎなど微塵も感じたことがないはずだった。でも今日は違った。
私は到着後の初の外出に決して同じ場所を選ばない。
だから今日もタクシーを乗り継ぎ、あてもなくフラフラと街を彷徨う中で
たまたま見つけたこのBarで飲んでいた。それなのに急に胸騒ぎを感じたのは、
カメラを鞄にしまいながら何気ない顔でBarに入ってきた男があっさりと私を覆う
空気を読んでしまうのを見たからだ。

バーテンとの会話の中で存在の因果を見透かしながら、何かを隠しているその男に
私は懐かしさを感じた。無駄を省き、私は単刀直入に声をかけてみることにした。

「アナタ、銀次と金次知ってる?」











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